ブロガーの描く風景

2004年12月02日
仕事中にふと立ち寄った公園で、風景をスケッチする画家たちを見かけた。
画家の卵に好かれているのか、その公園は画板を抱えた学生があちこちに座っていた。

画家たちのそばで私は写真を撮りながら考えた。

風景を綺麗に写し取るなら
 カメラが一番ではないか


当たり前である。
いやちょっと待て。
“綺麗に写し取る”手段ではなく、
“簡単に写し取る”手段が正確な表現だろう。
何時間も座って風景を“描き取る”のが面倒な人にはカメラで十分かもしれない。

ならば人はなぜ絵筆を走らせるのか?

同じ場所に座り、同じ構図を選び、同じ絵の具を使い、同じで同じを塗ったとしても、十人が十人、いや百人が描いた絵の中に一つとして同じ絵は存在しないだろう。

そんな違いが絵の良さというものではないか。

まぁ、厳密に言えばカメラだって使い手次第では全く違った写真が撮れてしまうが、絵の違いほどではない。

−・−・−・−・−・−

ブログを始めて5ヶ月ほどたつが、ブログトップからあちこちのブログに訪れ覗いてみると、画家たちがスケッチする風景と重なってくる。

何か変わった新製品が発売されるとみな記事を書く。
人気の映画が公開されるとみな記事を書く。
どこかで悲しい事件が起きるとみな記事を書く。

同じ方向を向いた風景画家のスケッチを次々と覗いているようだ。

綺麗にスケッチしているがそれだけの絵もあれば、構図もタッチも雑なくせに何故か惹かれる絵もある。

ニューストピックをそのまま貼り付けただけのブログもあれば、きっかけ記事から話がそれっ放しのおかしなブログもあり、結局人それぞれブログそれぞれである。

−・−・−・−・−・−

自分のブログは一体
 どんな絵に見えているのだろう。


綺麗で味のない絵も、嬉しくもあり寂しくもあり。
かと思えば、もっともだけど雑であるとか癖があるとか、はたまた長いだけだとか…、そう思われてもやはり悲しい。

万人に好かれようとは思わないが、とはいえ誰も読んでくれないブログにもなりたくないのが本音である。

たったひとつ自覚していることは、長過ぎることかも知れない。最近つくづく長くなっているのが気になっている。

文字数でも数えながら記事を書くのも必要だろうか。
かくいう私は文字を数えた。

913文字…多いのか少ないのか
ふむ、つまらなければ多いだろうし、面白ければ程よいということか。やはり自分にはわからない。

おっと、60文字増えてしまった。
ええと913文字プラス60文字973文字

こんなことしていたら切りがない。
こんな風だから長くなるのだ。
改めなくては…1048文字
posted at 2004/12/02 00:09 | Comment(4) | TrackBack(0) | 電脳批評
この記事へのコメント
ブログも風景画のようなものか…。なるほど、確かにそうですね。長いのもまた映太郎さんの色って事で。何か色々詰まってる、ちょっと丘の上から見た風景画のような、色んなものが見える風景画のような、そんなふうに思います。
Posted by minan at 2004年12月02日 00:56
映太郎さんの記事には長いと感じさせない"味"がありますよ。忘れかけていたことを思い出させてくれます。出会いに感謝です。
Posted by つなみ at 2004年12月02日 07:26
>minanさん、おはようございます!
丘の上から見た風景かぁ…。
なんだか嬉しい表現ですねぇ。

ちょっと自信が沸いてきました。
…ふつふつと?ん?違うってか。
ちょっと自信が湧いて来ました。
…こんこんと!ん?こんこ〜んこ〜ん♪ 失礼
Posted by 映太郎 at 2004年12月02日 07:47
>つなみさん、おはようございます!
ありがとうございます。
なんだかホント自信が湧いてくるコメントに感激しております。

…ぅぅぅ
 …うるうる
  …ブログを始めてよかったぁ〜(涙…爆涙)
Posted by 映太郎 at 2004年12月02日 07:52
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/1169831
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。