廃盤と復刻盤の狭間

2004年12月01日
東京12チャンネルはいつになっても不思議なテレビ局である。

子供のころは他のメジャー局と同等に見ていた。
その放送局がメジャー局ではなく、たまたま東京に存在するだけの単なる地方ローカル局だと知ったのはいつの頃だろうか。記憶にない。

洋楽に興味を抱き始めた中学から高校にかけては、結構お世話になったものだ。他のメジャー局より外タレが頻繁に登場していたこともその理由の一つだろう。ベイシティローラーズなどが7時台の番組にそれはなにげなく出演していた時代の話である。

その東京12チャンネルの午後11時から10分ほどの音楽番組があった。

HITACHI サウンドブレークHITACHI SOUND BREAK
東京12ch
月〜金 23:00〜
プロデューサー
 毛利元海

その番組が存在していたのは、音楽の製作者サイドが自ら作り上げた宣伝用ビデオクリップを世にばら撒きはじめるちょっと前のことである。曲ごとに独自に制作した映像を重ね合わせては放送していた。

新譜旧盤廃盤に関わらず選曲されたその日の2曲は流行には左右されないものばかりで、瞼の名曲に飢えていた若者にとっては毎回新鮮なものだった。

ある時はレコード番号をメモして翌日レコード屋に走り、またある時はそのクリップ映像のロケ地を探しだし夜中に確かめに行ったこともある。

本牧にまだベイブリッジが無かった頃、その頃は一番大きかった埠頭の太鼓橋を見に行ったのもこの番組の影響だった。
横浜は根岸のコンビナートに、光の林を探しに行ったのもこの番組のせいである。
父の書斎のグランドピアノでサティのジムノベティを練習したのもこの番組のせいだった。
影響は数え切れない。

ギルバート・オサリバン
この名前を教えてくれたのもこの番組だった。

「CLAIR」の詩に重ねあわせて映る子供の遊ぶ風景と口笛のメロディ。初めて聴く旋律のわけもわからぬ懐かしさに私は衝撃を覚えた。翌日にはレコード屋に勇んで買いに行った。
だがその店で呆然とした。

廃盤だったのだ。
あのころ、ツイードのジャケットが僕の自慢だった…。ALONE AGAIN

そんなぁ…
廃盤の曲を紹介する番組なんて…


その皮肉さに毛利氏をちょっと逆恨みさえした。

後日アルバムは復刻盤CDとして発売された。
いまではそのアルバムが私のゴールドの一つとなっている。

アルバム
「alone again」
by GILBERT O'SULLIVAN

1.Alone Again(Naturally)
2.Get Down
3.Ooh Baby
4.Nothing Rhymed
5.If You Ever
6.Miss My Love Today
7.Happiness Is Me And You
8.Clair
9.Ooh Wakka Do Wakka Day
10.Why Oh Why Oh Why
11.I Don't Love You But I Think I Like You
12.A Friend Of Mine
13.Who Was It?
14.Christmas Song


このアルバム、初めて聴いても何度聴いても懐かしい。
なぜだかわからないが、そのメロディや曲調に演奏スタイル、すべてがなんともいえない雰囲気を醸し出している。実際発表されたのは1970年代である。初めてだと思っていても何度か耳にしていたのかも知れない。

それにしても
復刻されてよかった…

復刻されなかったら
一生逆恨みは続いていたかも知れない。
posted at 2004/12/01 21:20 | Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽批評
この記事へのコメント
この番組のことは知りませんでしたが、廃盤を紹介するなんて、レコードを売る目的ではなく、本当に音楽好きのための番組だったんですね、きっと。昔、一度廃盤になったけれど、復刻盤が発売されているものって結構ありますね、ありがたい事ですね。いい音楽は何年たって聴いても、そこにそのまま、いや時にはそれ以上だったり…。
Posted by minan at 2004年12月02日 01:00
>minanさん、こんばんわ!
若い頃聴いた時にはなんとも思わなかった曲が、時間がたてばたつほどいい曲に聴こえるなんてこともありますよね。

それにしてもあの廃盤を知った時のレコード屋での落胆は忘れられません。結局CD買ったのもその行き着けの店だったんですが、ちなみにそのレコード屋も今はなくなりました。

自由が丘のソハラのオヤジ〜
どうしてるの〜?元気なのかなぁ…。
Posted by 映太郎 at 2004年12月02日 01:16
映太郎様
突然の書き込みで申し訳ありません
ワタクシは1966年生まれの丙午のペコと申します。
今夜、”毛利元海”氏をキーワードに検索していてこちらにお邪魔しました。
当時、中学生だったんでしょうか?それとも高校生??
記憶は本当に曖昧です。
ただ、おる夜偶然に見た「HITACHI Sound Break」に当時の私は衝撃を受けました。
音楽と映像が相乗効果をなしてまだ未開だった私の脳のどこかにショックを与えました。
それからは知ってしまったとでも言うのでしょうか、渇きを癒すようにむさぼり見た記憶があります。とはいえ、ビデオデッキも無かった当時はただ居間のTVの前でチャンネルを合わせ時間が来るのを待っていただけです。
その後、MTVへ違和感無く没頭して行ったのも、伏線はこの番組だったと思います。
その時に今も忘れることなく記憶された名前、「毛利元海」氏・・。
今もその頃の感覚だけは忘れられず、なぜか大事にしまっていたのですが、不意に映像や音楽が見つけられないかと検索してみた次第です。
おかげで当時のTVの前でワクワクしながら待っていて、始まった!!とココロ躍らせたオープニングタイトルの映像を見ることができました。
今回はこれで十分な収穫でした。
あまりの嬉しさに長くなってしまいすみません。
またゆっくりHPにお邪魔させてもらいます。
Posted by ペコ at 2006年02月06日 01:46
>ペコさん、どうも。
私もあの番組、好きでしたねぇ。
記事にも書いたと思いますが、あの番組の紹介でいい曲をいくつも知り、レコード屋に走った記憶があります。

雪の景色に静かに響くジムノベティの映像でエリック・サティを知りましたし、あと曲は忘れましたが本牧の太鼓橋のようなブリッジも、あの番組の映像が印象的で観に行ったこともありました。まだベイブリッジがない頃のことです。

あの後だったか、同様の時間帯での「スキーNow8x」も結構観てました。随分とビデオに録画したと思います。

ああいった番組って、テレビ東京は結構いいモノを放送してくれてましたね。懐かしいです。

年齢が近いのならば他の記事にも、懐かしいことが書いてあるかも知れません。何か、ありましたらまた教えてください。
Posted by 映太郎 at 2006年02月06日 08:03
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