NHK紅白歌合戦と各家族と

2005年12月30日
 生放送を直前に控えたNHK紅白歌合戦の前日番宣が笑える。

 下がり続ける視聴率とそれを加速させてきた“仕込”の失敗の歴史を、年々厚みを増していった台本を並べて見せて恥じている。仕込めば仕込むほど視聴率は下がったらしい。

 その番宣中に映し出された視聴率のグラフが興味深かった。1985年辺りを頭打ちに以来下降を辿る視聴率。

 はて、1985年頃とは一体何の境界線だったのだろうか。
 


 そう言えば映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、シリーズ1の中でのマーティがテレビについて語るセリフがあった。1955年にタイムトリップした彼が、テレビが初めて届いた家庭の夕食で子供とやりとりするセリフである。

子供「凄いね、君の家にもテレビがあるの?」
マーティ「えぇまぁ、二台ほど…。」

 私の大好きなこの映画、劇場公開は1985年だった。

 昔テレビは居間の真ん中に鎮座していた。家の中心、“家族”の部屋である居間に家族たちが集まり、同じ場所で、同じモノを見て聞いて、同じ時間を過ごした。ほとんどの家が核家族などと呼ばれていた頃のことである。

 だがいつしか互いの吸引力は薄れ、核家族は“各家族”となっていく。各家族はそれぞれ違う趣味を持ち、違う時間で生活し、違うモノを違う時間に食べ、違うテレビを見る。

 俺は演歌なんて聞かねぇ…。

 家族といえども他人の趣味嗜好を共有しようとはせず、チャンネル権を強奪するか、チャンネル権を捨てもっと面白いモノを求めて街に出ていった家族。

 あの時代の家族にバカ受けした番組を、今年もまた今年もと延々と流し続けたNHKは、今頃慌てて振り返っているが、今テレビの前にかつての“核家族”という名の視聴者はもはや座っていないのに、同じ受けを狙っても無駄としか思えない。



 衛星放送がこれだけ普及して日々チャンネルが増えているのだから、どうせなら完全に区分けしてしまえばよい。

 年配の視聴者に敬意を表し、メインの本放送を演歌などの年配向けの構成で放送。NHK衛星などの裏チャンネルでは若者向けの構成で放送なんて風に分ければ、もっとマシになりそうであろう。

 それが今更できないらしい。過去の栄光にすがっているのだろうが、それなら番組名だけを残す程度でよいではないか。

 MCすらはっきりと分け、まぁとりあえずオープニングとエンディングと、それぞれが適度に期待を裏切らぬ程度のコーナーだけ繋げばよいのに…。

 その年最もCDを売った歌手だけに出演を依頼するなんてのが一番して欲しい。スキウタと言いながら結局NHKの担当が選り好みするより、売り上げトップリストの上から単純に選出する方がよほど公正な選択になるだろう。

 その年、もっとも多くの人が聴きたくてお金を払った歌手がその年を締めくくる。或る意味その年を締めくくる歌番組としてもっともあるべき姿といえよう。

 過去の栄光をいまだに磨いている歌手などに気を使っているから、自分まで過去の栄光が気にかかるのだ。

 今年売れなかったのなら、去年の流行若手歌手だろうと30年前の大御所だろうと、どちらも過去の人だと言い切るくらいになって欲しい。ふむ、それが問題の核心かも知れない。

 芸能界の大御所だとか、ずっと昔の大ヒット歌手への気遣いが消える時、何かが変わるのかも知れない。

 と、まぁこれだけ提案しておきながら、私は紅白歌合戦をまともに見たことはないし、見るつもりはない。それなのにどうしてこれだけ熱く文句を言っているのだろうか。

 やっぱ見慣れたNHKが一番好きなんだろうな。
posted at 2005/12/30 21:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 放送批評
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