長い旅の終わりに…

2005年12月13日
 それは一体誰の言葉なのか…。


 The soul comes to the end

  of it's long journey...

 and naked and alone

  draws near to the divine...
 

 “Divine”って、まさかあのディバイン?

 そりゃ恐ろしい。どおりで…、人が何よりも死を恐れるわけだ…。
 


 先の英文は前回の記事で取り上げた映画「フィアレス―恐怖の向こう側」での一節である。以下は字幕での翻訳。


 長い旅の終わりに
  魂を見出した

 裸で ただ独り
  神の元に昇って行った
 

 神の御前においても、人はまだまだ独りなのかぁ…。おまけに裸とは、寒さに孤独感もひとしおだろうな。人生って、まったく寂しいもんである。

 そう言えば…、平井堅のヒットし損なった名曲“ Ring ”の冒頭でも、そんな“不安の影”が歌われていた。


 永遠に 満たされぬ
  孤独の影に怯えながら

 いつか来る 輝きを 
  求め人は 歩き続ける
 

 “魂”や“霊魂”という言葉を当然のように信じ、“SOUL”だとか“SPIRIT”という英単語がとても身近に感じる。だが、その想いが深まれば深まるほど、その“孤独の影”はさらに闇を広げ、不安は永遠に続く気がしてくる。

 信仰が人の不安を癒すと人は言う。だが、私の信仰心はやはりどこかズレているのか、信じれば信じるほどに不安を助長してくれる。

 なんだかなぁ…。



 ふと天涯孤独という言葉が浮かんだ。あらためて辞書で引いてみる。


天涯孤独(大辞泉)
 遠く異郷に、ひとり暮らすこと。
 また、身寄りがないこと。

天涯孤独(大辞林)
 広い世間に身寄りが一人もいないこと。

天涯(大辞泉)
 1.空のはて。
 2.故郷を遠く離れた地。

天涯(大辞泉)
 1.空のはて。また、非常に遠い所。
 2.世界中。


 映画「未知との遭遇」の宣伝文句が懐かしい。

 We are not alone.

 それがあらためてキャッチコピーになるってことは、一般的な通説はその裏返しってことなのかい?、ん?…。

 We are all alone.



 お〜い、ちょっとそこのアンタ!
 アンタのことだよ、全能のMr.ディバインさん! 黙って見てないで、何か答えてくれよ。

 アンタがしてくれることなんて、シミュレーションゲーム“天地創造”よろしく、たまに世界をひっかき回すことくらいじゃないか。ゲームに登場するキャラのことも少しは考えろよ!

 ゲームのキャラには、リセットボタンの権利も与えられていないようだ。コントローラーを独り占めする子供と大して変わらんではないか。

 映画「フィアレス―恐怖の向こう側」の中では、あらゆる恐怖や不安を克服した主人公がふと教会に入るシーンがあった。

 彼は教会の中を見回し、鼻でフッとため息をする。熱心な信者はそんな彼の顔を攻めるような目つきで覗き込んでいた。

 信仰とは一体何ぞや?

 まったく…、私にとっては「ふん」ってなモンとしか思えないのだが…。
posted at 2005/12/13 07:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 死生私観
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