そこに持って往く物とは?

2004年11月16日
人が産まれる時、
家族は歓声をあげ喜び、
本人はベッドの中で泣いている。
生まれてきたことを嘆いているかのように。

人が死ぬ時、
家族はおいおいと泣き、
本人は遺影の中で笑っている。
死に往くことを喜んでいるかのように。

出生と往生の場、
立場は逆になるものだ。

 −・−・−・−

人は産まれる直前に、
子宮内ではすでに手足を持っている。
だがそれは手足と呼ばれても、
本人はその使い道すら知らない。

ならば人が死に往く時、
体内にはすでに何かが存在するのだろうか。
持っているのに、使い道のわからないもの。
死に往く時、そこに携えて往くものを、
気付かぬうち、本人も知らないうちに、
自分のどこかに持っているのだろうか。

 −・−・−・−

見えなくとも、
そこにはたぶん存在し、
でもその瞬間まで本当の使い道を知らないもの。

それは一体何なのか。
 そして一体どこにあるのか。

人は自分だけの解答用紙と、
 その何かを持って試験会場を出る。

もしかしたらその何かが
 問題でもあり答えかも知れない。

 ■□■□■□■□■□■□■□■□

こんな考えもまた
 私の死生観のひとつである
posted at 2004/11/16 00:30 | Comment(4) | TrackBack(0) | 雑題雑想
この記事へのコメント
この記事を読んでふと思い出しました。
そういえば、映画評論家の淀川長治氏が生前
「すべての解答用紙を書き終えたときが死ぬ時」
みたいなことを言ってたのを。
氏が亡くなった際の新聞に掲載されていました。



Posted by やすよ at 2004年11月16日 02:20
>やすよさん、こんばんわ!
嬉しいですね、
尊敬する淀川さんと同じ考えだなんて。

というよりも、
あの方の解説を好んで聞いていたので、その言葉だけが自分の頭に残っていたのかも知れません。

書き終えた時という部分は若干私と受け止め方が異なります。

書き終えるどころか、問題を理解する人は数えるほどで、ほとんどの人は問題の存在を考えることもなく往くのではとも思います。

永平寺の104歳の住職に言わせると、ただただ生きることが最も自然なことらしいですから。
Posted by 映太郎 at 2004年11月16日 02:41
まだ回答中みたいなので
もう少し試験に挑んでみようかと・・・(苦笑)
Posted by つなみ at 2004年11月17日 09:30
>つなみさん、こんばんわ!
問題は一つだとは限りません。
設問を作っても構いません。
解答その2とかその3とか、
答えだって一つだとは限らないと思います。
ずっと解答用紙に向かっていられること、その気力を持ち続けられたらいいですね。

幾らでも挑んでください。いつまででも…。
Posted by 映太郎 at 2004年11月17日 19:45
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