12月8日に響くイズミズム

2005年12月08日
 12月8日って、一体何の日なのだろうか。

ワーキング・クラス・ヒーロー by ジョン・レノンall we are saying♪
 is give Peace a chance♪


by John Lennon

 ふとどこからか歌声が聴こえてきた。
 
 ん?…賛美歌?



 ジョン・レノンが暗殺されてから25年後の今日12月8日、ジョンとヨーコの“ベッドイン”に迫ったドキュメンタリーが放送されていた。

  平和の歌はこうして生まれた
   〜ジョン・レノン暗殺から25年〜

 白いベッドの中、母のようなヨーコの横で、ジョンは力強く語る。


 暴力に訴えても
  システムを変えることはできません 

 力づくで体制を崩壊させても
  また新たな体制が生まれます

 世界を変えられるのは
  ガンジーのやり方だけです

 つまり非暴力
  無抵抗ってやつです
 

 番組のサブタイトルは、“ GIVE PEACE A SONG ”。

 世界を変えられるのはガンジーのやり方だけだとジョンは言っていたけれど、彼がベッドインして以来36年、そして突然この世を去ってしまってからでさえすでに25年経った今、この世界は何も変わっていない。

 ベッドインの1969年当時、6歳だった私はあの頃の世界情勢をほとんど覚えていない。ジョンが暗殺された1980年、当時高校生だったあの頃を思い出しながら周囲を見回してもやはり何も変わっていない。いやそれどころか、戦争という言葉が罪悪感の希薄な紛争などという名前に摩り替わり、半ば当然のようになってしまっている。

 ジョンがいなくなってしまったからなのか、平和への機会は遠のくばかりとしか思えない。

 どこからともなく、また歌声が聴こえてきた。耳をこらすとそれは窓の外から響いてくる。

 え?…童謡?



 「平和を我らに―Give peace a chance」をレニー・クラビッツとReレコーディングしたというジョンの息子ショーン・レノンは語っていた。

 「世界は平和になるに決まってるんです」

 さすがジョンの息子、その言葉を平然とあたかも当然のように語っている。しかしそんな彼も自分自身のことを楽観的だと言っている。

 平和という言葉を語るのは、やはり楽観的なことなのだろうか。

 ふと歌声がまた聴こえてきた。何かが近づくように、それはだんだん大きくなっていく。何かが忍び寄るように、ひたひたと音は近づき、やがて音は徐々にはっきりとしてきた。

 あっ、…ありゃ拡声器の音? ってことは…。



 拡声器が街を走り抜けあの独特な歌声が響き渡ると、みのもんたの「今日〜は何の日っ? ふっふ〜♪」よろしくて、その日が日本人にとって特別な日だったことを思い知らされる。何かの主義を込めたあのはた迷惑な騒音も、国道沿いに住む人間にとっては、お節介な暦でしかない。

 国道を走り抜けるニッポンの暦、街宣カレンダー。

 12月8日、今日は開戦記念日でもあった。ジョンも歌っていたが、近づいてきたのはイズミズムの一つ、ナショナリズムだったわけだ。

 あのクルマの中の彼らが彼ら自身の主義イズムにどれほど一生懸命なのかはどうでもよいし、彼らの主義主張に文句をつけるつもりはないが、そのスタイルはやはりスマートなものとは言いがたい。

 だが、スマートとはおよそ言いがたい彼らもまた、その主義の主張に歌を使っているのは、まったく皮肉なものである。

 特殊な主義がたっぷり篭ったあの歌声を黙って聞き流す我々日本人の静けさは、歌も歌わなかったガンジー主義の静かな人々と似ているようで、かなり異なる。

 はた迷惑でも、主義を口にし主張を拡声器に流す人間の方が、よほど積極的でマシに思えてきてしまう。

 彼らを見習い、ジョン・レノンの曲を拡声器から流し街中を走り回りたくなってきた。

 ドナタか、一緒に走ってみようって方いらっしゃるだろうか?

 とりあえず一曲目はこの「平和を我らに」ってことで、スタートはさしずめ渋谷ハチ公前交差点とでも決めようか。
posted at 2005/12/08 23:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映像批評
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